
シードテックのデジタル留学を卒業し、他社でエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた榎本さん。新卒としての修行期間を経て、彼が転職先に選んだのは、自身の原点である「シードテック」でした。
卒業生という立場から、現在はプロジェクトを動かすPMへ。一度外の世界を見たからこそわかる自社の魅力や、複雑なシステム開発の現場で大切にしているスタンスなど、榎本さんにたっぷりと語っていただきました。
「世界を見ろ」という父の教え、アイスランドの「青」に圧倒された18歳の原体験

▲ピースボートに乗って訪れたアイスランドの写真
ーまずは榎本さんのバックボーンについて教えてください。幼少期から「海外」は身近な存在だったのでしょうか?
そうですね。父が自営業で、海外と日本のサッカーチームを繋ぐプロモーターのような仕事をしていた影響が大きいです。父自身、大学時代にドイツへスポーツ留学をしていた経験があり、幼い頃から「日本だけに留まるな、外に出ろ」と言われて育ちました。海外出張の際に一緒に連れて行ってもらう機会もあり、「いつか自分も外の世界へ行くのかな」と漠然と感じていました。
18歳の頃には、ピースボートに乗って北半球を一周したのですが、そこで見たアイスランドの景色には言葉を失いました。空や海の「青」が日本とは全く違うんです。もっと深く、暗く、それでいて鮮やかなグラデーション。「世界はこんなにも広いのか」と肌で感じました。この時の「もっと広い世界を見たい」という純粋な衝動が、後のキャリア選択に大きな影響を与えることになったのだと思います。
ーその想いから、「プログラミング」と「英語」を学ぶシードテックの「デジタル留学」という選択に至った経緯を教えてください。
20歳の頃、「働く場所を決めずに、世界中を点々としながら暮らしたい」という理想が固まってきました。当時、それを実現する手段として真っ先に思い浮かんだのが「ITスキル」と「英語」だったんです。
そんな時、SNSで見かけたのがシードテックのイベントでした。当時、デジタル留学の営業を担当していた原田さんが登壇されていたのですが、その熱量に一気に引き込まれ、「ここなら自分の理想に近づけるかもしれない」と直感し、その場で留学を決めました。
当時はまだデジタル留学の選択肢も今ほど多くはありませんでしたが、シードテックには語学とITの両方を現地の方々との交流も含めて学べる環境があり、一番コンテンツが充実している安心感がありましたね。

▲デジタル留学の卒業式の様子
ー実際の留学生活は、いかがでしたか?
3ヶ月のカリキュラムを2回、合計6ヶ月間の長期留学として申し込みました。覚悟を決めてセブ島に向かったので、現地ではとにかく勉強に没頭しました。朝起きたら教室へ行き、帰ってきたら復習。休校日も教室にこもって、ひたすらコードを書いていました。
ただ、最初の3ヶ月は本当に苦戦しました。もともと物理学と数学が好きだったので論理的思考には馴染みがあったんですが、いざプログラミングを始めてみると「え?どういうこと?」「なぜ動かないの?」の連続で。単純な足し算をするシステムを作るだけでも大苦戦したのを覚えています。
ー数学が得意でも、プログラミングは別物だった。
そうなんです。概念を理解するまでに時間がかかりました。でも、そこで踏ん張れたのは、ある種「逃げ場のない状況」があったからかもしれません。一緒に学んでいたバッジメイトたちは1ヶ月ほどで留学期間が終わり、半年間残る私には遊びに行く同期がいなくなってしまったんです。
寂しさはありましたが、その分、一つのWebサイトやアプリを作り切るという課題に、脇目も振らずにコミットすることができました。英語に関しても「使わないのはもったいない」と、伝わらなくてもとにかく現地の方や先生に話しかけて。あの6ヶ月間、泥臭く自分自身と向き合い続けた経験が、今のエンジニアとしての粘り強さに繋がっていると思います。
自社開発で培ったPMの基礎。自身の原点・シードテックで挑む「調整」の難しさ

ー卒業後、まずは別の会社でエンジニアとしてのキャリアをスタートされたと伺いました。1社目ではどのような業務に携わっていたのですか?
婚礼・宴会業界をクライアントに持つ会社に、社内エンジニアとして入社しました。そこでは基幹システムの開発・改修・運用・保守を担当していたのですが、エンジニアが4名という少数精鋭のチームだったので、早い段階から多くのことを任せてもらえました。
特定のクライアントに対して、自分で企画を立ててプロジェクトを進める、PM業務のような仕事に関わることもできたことも成長の機会としてありがたかったです。チームのリーダーは全体を把握していましたが、現場の細かいハンドリングは自分一人で完結させるようなスタイルだったので、恵まれた環境でPMの基礎を叩き込んでもらえたと感じています。
ーそこから、どのようなきっかけでシードテックに戻ることを決めたのでしょうか?
エンジニアとして数年が経って「次の一歩をどう踏み出そうか」と考えていたタイミングで、たまたま原田さんと話す機会があったんです。そこで「今のシードテックでやってみないか」と声をかけてもらいました。
その後、シードテックのCTOの平井さんとも久しぶりに話をして、改めて組織の空気感に触れたとき「やっぱり楽しそうだな」と感じました。留学という自分の原点を作ってくれた場所で、今度はプロのエンジニアとして新しい挑戦ができる。そのワクワク感が、転職の決め手になりました。
ー実際に、シードテックに戻ってきて、どのような感想を抱いていらっしゃいますか?
入社早々に裁量ある大きな仕事を任せていただいたことに感謝しています。プレッシャーを感じながらも、先輩方からの学びや現場での成長への期待を胸に日々精進しています。前職では1人で動くことが多かったのですが、現在は業務や組織の繋がりや流れをより意識しながら業務を遂行しています。シードテックに貢献していきたい気持ちが強いですね。

▲前回のシードテックアワードの様子
ー現在はどのような業務を担当されているんですか。
現在は、PMとして、プロジェクト管理とクライアントとのコミュニケーションの両方を一手に引き受けています。新規開発ライン、追加改修ライン、保守ラインなど、いくつもの異なるプロジェクトが並行して動いており、それぞれを管理しています。「あれ、この案件、どうなってたっけ?」と頭がパンクしそうになることもありますが、それこそが今の自分に必要な経験だと思って、向き合っています。
ーPM業務であれば、チームをまとめる難しさもあるのではないでしょうか。
元々、コミュニケーションが得意というタイプではないので、「このエンジニアの今のモチベーションやストレス状況はどうだろう?」「どうすればメンバーが動きやすくなるかな?」など、相手の状況やスキルに合わせた指示出しに気を配っています。
現場には、私より技術的にも経験的にも優れたエンジニアの方がたくさんいらっしゃいます。そういった皆さんへの敬意を忘れずにコミュニケーションを取りながら、一方でクライアントからの要望を整理し、期待値を調整していく。この「調整」の連続が本当に難しいですが、この先に、公私ともに繋がる「一生モノのスキル」を得られると信じています。
「感性×理論」で価値を生む。AI時代だからこそ磨き続けたい、人間の判断力

▲デジタル留学のチーム開発の様子
ーエンジニア、そしてPMとして仕事をする上で、榎本さんが大切にしている考え方を教えてください。
「コードやルール、枠組みや効率化の正しさだけに縛られないこと」です。エンジニアとして、論理的に、効率的に物事を進めたくなりますし、そうすべき場面が多いのも事実です。しかし、実際の現場には「理屈では説明できない理由」や「現場の方々の想いやこだわり」が必ず存在します。
PMとして少しずつ経験を積み重ねていく中で、ロジックだけでスパスパと切り捨てるのではなく、相手の感情や背景を汲み取り本質を理解して行動する存在でありたいと思うようになりました。その想いを込めて、私は下期の目標に「感性×理論」というテーマを置きました。
理論はプロとしての武器ですが、そこに人としての感じ方(感性)を掛け合わせることで、初めて本当に価値のあるシステムやチームが作れるのだと考えています。
ー「感性」というキーワードは、昨今のAIの進化とも関係がありそうです。AIが開発現場に入ってくる中で、感じていることはありますか?
AIを使えば、コードの骨組みや簡単な機能は一瞬で作れるようになりました。私自身もClaude CodeやCursorなど、AIは活用していますが、一方で「AIが出したコードが本当に正しいのか、最適なのか」を判断する側の責任はより重くなっていると感じます。
特に、大規模なレガシーシステムでは、過去の複雑な背景を「読解する力」が必要です。AIに解析を任せることはできても、最終的にその真偽を確かめ、リスクを負うのは私たち人間です。技術が便利になればなるほど「判断の価値」を高めていく必要があります。その場面ではやはり、理論だけでなく「これは何かおかしいぞ」と気づける感性が重要になってくるのではないかと思っています。
ー最後に、これからの榎本さんの目標を教えてください。
せっかくシードテックに戻ってきたので、自分の原点である「語学」をもう一度磨き直したいです。オフショア開発の一員であるフィリピンのエンジニアと一緒に開発を進めることで、その機会を作り出すことができますし、より高いコストメリットや価値をクライアントに提供できるブリッジエンジニアのような存在になれると考えています。
また、留学を決めた当時の「どこにいても仕事ができる人になりたい」という理想も、常に持ち続けています。手段としてのエンジニアリングを突き詰めつつ、いつかはCTOの平井さんのように、ビジネス全体を俯瞰して動かせる立場を目指したいです。
人生の大きな目標はまだまだ模索中ですが、まずは目の前のプロジェクトに対して「感性×理論」を大切に、一歩ずつ進んでいきたいと思っています。

榎本 旭晃(Enomoto Teruaki)
1998年生まれ。シードテックのデジタル留学(セブ島)と出会い、ITと英語の基礎を習得。卒業後、婚礼業界のシステム開発エンジニアとしてキャリアをスタートし、PM業務の基礎を築く。2025年、自身の原点であるシードテックへジョイン。現在はPMとして活躍中。